NoMaDoS

一級建築士事務所

アフリカ大陸を「移動」する学校

今回の新世界建築は、「教育施設」にフォーカスした作品になります。

教育といえば、学校があって、毎日通学路を電車や徒歩で行き来して、決まった時間に割り振られた授業を、教科書とペンとノートを駆使してなんとか乗り越えていく。

日本だとそんなイメージがいまだに強いんじゃないでしょうか?

ですが、コロナをきっかけにデジタルトランスフォーメーションが様々な領域で起きる中、教育にも大きな変化が訪れはじめています。

コロナ以前からも、新しい教育の形を取り入れ注目されている「ミネルバ大学」では、授業が全てオンラインで行われるなど、実際にその変化は現実のものとして社会実装され始めています。

新しい大学の形、ミネルバ大学とは(外部記事)

オフラインに縛られていた学校も、時代が進めば「モビリティ」を前提としたものへと発展していくのではないか?

そんな問いから新しい学校の形とそのシステムについて考えてみました!

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4時間ほどのドライブだったが、急にバンがスピードを緩めて、ゆっくりと止まった。
2071年モデルの全面デジタルディスプレイ塗装の車体にスッと切れ目が入り、ドアがあいた。

降りてみると、遠くのほうにかすかに街が見えている。
その街の周りには、木々の緑や大きく開けた赤茶色の岩肌が溶け込んでいて、なんだか不思議な調和を感じる。街と呼ぶにはあまりにも大きすぎるその姿は、この前の授業で見た40年ほど前のシリコンバレーに近い雰囲気だ。
ただ、この時代をこの場所で生きる人々にとっては、取り立てて珍しいものでもなく、むしろその姿に安心感を感じるほど、見慣れた風景でもある。

ここアフリカでは、2030年ごろから急速に都市開発と都市への人口集中が進み、2050年ごろには人口1億人を超える都市がいくつも生まれることになったと言われている。

その成長の推進力となったのは、2020年に最初のアウトブレイクとなったコロナウイルスによる経済打撃。急激なデフレを受け、各国政府が公的資金を大量投下したことで世界中でのインフレが起こった。そのような背景から、多くの資本が新しい市場と土地を求めるようになったことで、以前から注目が集まっていたアフリカへと企業参入と大規模な資本投資が行われたことに起因しているらしい。

今では考えられないが、以前のアフリカは欧米や東アジアの国々に比べて、経済的に遅れていると言われていたそうだ。
しかし、企業の参入が物凄いスピードで活性化したことで、経済成長は言うまでもないが、技術開発の面においてもアフリカ諸国は世界でもトップクラスの存在となっている。

現在では、新しい通信規格である「7G」がアフリカ全土を対象に普及しており、それによってこれまでは実現できなかった「都市の自動化・生活者と都市の深いインタラクション」を目的とした都市計画が行われている。

ここから見えるあの都市でも、全てのモビリティは自動運転化されており、郵送などもドローンとスマートトラックが担うことで、生活する人々の行動は自宅内で完結することが多い。仕事をする際は、VR空間にフルダイブすることで、通勤したり同僚のアバターとコミュニケーションを取っている。

先日、ある有名AIコングロマリット企業が会見を開いていた。これまでは都市単体での自動化やインタラクション性ではなく、都市外の自然環境などに対してもドローンを介したデータ取得やアクションによって、地球全体をスマート化させる「スマートアース構想」というものを発表したらしい。

そんな都市を遠くに見据えながら、「植物分布の計測と遺伝子融合の実験」に取り掛かることにした。
これは、10年ほど前に作られた「学校」の授業の一つだ。

アフリカでは、経済成長と技術成長が急速に進んでいくにつれて、次世代の教育という課題をずっと抱えていた。
50年以上前から、世界中で教育環境をデジタルに完全に移行しようという動きはあったみたいだが、なかなかうまく進まなかったそうだ。

それは、デジタル上では知識を深め、その人の特性にあった教育内容に最適化することはある程度できても、その中で「創造性」や「他者への共生力・共感力」が育たないという状態が生まれてしまったかららしい。
その反省を活かし、かつデジタルによる教育の効果を融合させるために、デジタルとリアルでの教育をシームレスに繋ぐ「OMO教育プログラム」が立ち上がった。

このプログラムは、デジタルでの「効率的な知識の獲得」とリアルでの「多様な体験による創造性・共感力の発達」を主目的としている。
13歳から入学することが可能で、最長で22歳まで在学ができる仕組みとなっており、成績次第で飛び級なども盛んに行われている。

基本的に、1クラス4名で構成されており、教室はいま目の前にあるこの「バン」だ。

モビリティ・イン・クラスルームという考え方で作られたこの教育プログラムは、リアルでの教育効果=多様な体験を晒されることを追求するために「学校・教室を特定の土地に縛らず、移動できるようにする」という発想で、車を教育空間として、移動を前提にした授業・成績評価の仕組みを採用している。

学生は、入学時に自身の性格特性と知識特性を測定され、クラス分けが行われる。このバンは、教室だけではなく寮としての役割も備えており、学生はバンでの共同生活を行うことになっている。

授業は大きく2種類に分けられている。一つは、バンの中に設置されているVRフルダイブシステムを活用した、ヴァーチャル空間での授業。この授業は、バンが自動運転で移動している時間に行われるもので、いわゆる知識を伸ばすための授業であり、数学や歴史などの授業を受ける。
ここでは、ヴァーチャル空間という特性が最大限生かされており、AIアバターが授業のファシリテーションをしてくれる。

また、学びの効率を最大化するために、ヴァーチャル上でも「体験」を重視しており、物理の授業では、実際にニュートンが生きていた頃のイギリスの空間が再現され、AIによって自律的かつ知性が復元されたニュートン本人から、りんごを例にした万有引力の理論を教えてもらうこともあった。

もう一つは、アフリカ全土を「旅」する中で、様々なミッションが課されるというリアル空間での実践型授業。

各モビリティクラスに学生が振り分けられると、そのクラスメンバーの特性などを考慮した「ミッションルート」が設定されることになっている。

ミッションルートとは、学校期間中に、バンがどのようなルートを通って移動していき、その道中のどの場所でどのような実践課題が出されるのかという工程のようなものだ。

現在では16ルートが存在し、各クラスがそれぞれのルートやミッションをこなしていくことで、自然環境や様々な社会とのインタラクションを介して、多くの刺激や共感力向上の機会を得ることになる。

現在、このクラスが取り組んでいるミッションは「植物分布の計測と遺伝子融合の実験」だ。先月のミッションは、「アフリカゾウの生態系維持のための打開策実装」だった。

このミッションが終わったら、またバンに乗り込み、先ほど遠くのほうに見えていた都市、ザンビアのンクワシシティにある「ベース」に向かう予定になっている。
ベースとは、この学校に所属している学生が入れる場所であり、ミッションルートの中継点となっている施設だ。

ベースでは、ミッションルートの道中で行うデジタル・リアルそれぞれの授業の評価が行われており、別のクラスの学生がリアル空間で集まる機会にもなっている。成績が芳しくなかった生徒は、ベースにある補習ルームで追加授業プログラムを受けさせられることになっている。
このクラスでは、アメリカ人のルームメイトがどうやら補習ルーム行きになりそうだと、昨日の夜に嘆いていた。

また、ベースにはこの教育プログラムに協賛している様々な企業や教育機関、行政関係者などが入居するイノベーションスペースが存在しており、日夜コラボレーションによる新しいビジネスや社会システム、先端技術開発に取り組んでいる。

学生たちのリアルミッションでの研究・実験結果なども常にベース内で共有されており、学生たちも入居者たちと共同研究などを行うケースが多い。
今日取り組んでいる「植物の遺伝子融合」に関しても、とある新興バイオベンチャー企業との共同事業という形で、熱耐性に強い植物繊維開発に活用される予定だ。

そろそろ、今日予定されていたミッション達成度はクリアできたみたいだ。バンから、クリアを知らせるアラーム音が鳴っている。
アメリカ人、台湾人、コンゴ人のクラスメートたちにも声をかけ、バンへと乗り込む。

バンのドアが閉まると、ドアと車体の繋ぎ目はスッとなくなり、社内を覆うディスプレイが外の風景をリアルタイムで映し出している。まるで、この草原を自分の足で駆けているような感覚になる。ミッションで疲れた身体に少しだけ生気が蘇ってきた。

遠く霞んでいた都市が、少しづつその姿をクリアにしていく。

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※この物語はフィクションです。登場する地名・技術・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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